1.クルーディーハウス

 もくもく。もくもくもく。今日も元気に膨れ上がる濃霧の隣で、黙々と、独特な香りのする葉や根、不思議な色の石のようなものを次々に布に包んでいく、黒髪の少女。その部屋に空いた窓……というか、ほぼ木の柱だけで支えられた開放感のあるこの部屋に、控えめな風が巻き上がった。
「ただいま〜エノ!」
「ああ、おかえり、スイ」
 風の正体は白髪の少女スイの、少々雑なマントのしまい方のせい。いつもの事だ。スイは風で暴れ放題になった長髪を手櫛で梳きながら、話し始めた。
「アディクトのところへ行ってきたの。茶葉の仕入れにね。」
「それだけにしちゃあなんだかウキウキじゃない?」
「そう!ここからが本題!アディクトの知り合いのルゥって女の子が、霧の下を散策しに行ったらしいの。で、地表で見つけた遺物で気になるものがあったんだって。かの有名なクルーディーハウスのスイに届けるのだー!ってさ。ほら。」
 スイがじゃじゃん、と見せてきたのは、古びた本。エノは包んでいた布をテーブルに置き、顎に手を当てながら考える。
「ここに届けろってことは、薬草か、飲み物か、食べ物…………レシピ本と見た」
 人差し指でビシッと決めポーズ。
「うおー!せーかい!」
 大きな声を出してスイは両手をパッカーンと広げた。エノはふふ、と笑った。スイと居ると、調子が狂う。良い意味でね。……ここ、生薬喫茶・クルーディーハウスにこの本を持っていけ、なら大抵食べ物飲み物に関するものだろう。
「ねえ、中身早く見てみようよ。」
「そうだねっ!」
 パラパラと、しかし昔のものだ。慎重に、ページをめくっていく。ダイダイのパンケーキ、アワダチソウとボタンの和え物、オオカラスウリのそば蜜がけ、知っているレシピもあるけれど、ほとんど知らないものばかりだ。
「ふむ、面白いね。古代はこんなものが食べられていたんだ。これを……出来る限り、再現してみたらどんな味になるんだろう」
「まーた商売繁盛しちゃうかも?私のコレクションが増えちゃうなぁ〜困った困ったぁ〜」
 スイは駆け出しの古代のコインコレクターだ。これでコインに見合う新商品を出せたら、対価としてコインを持ってきてくれる人もいるかもしれない。ルンルンと鼻歌を歌いつつステップを踏みながら、スイは下の階層に続く階段を降りていった。
「スイちゃーん、わすれものー」
「あ!!」
 ばたばたと戻ってくるスイ。
「えへ、ありがと!」
 アディクトから貰った茶葉の包みを私から受けとって、また下の階へ降りていった。茶葉をかき集めてオリジナルブレンドを試すんだろうな。
「さーて。」
 伝達屋がこちらに来るまで。あの緑色の布がはためく塔に、太陽が差し掛かるまで。それまでに薬を包みきるんだ。使用方法も添えて、ぐるっと蔦で巻いて。これでよし。続けてふたつ包み、手早く作業を終えたエノはふぅ、と息をつく。
 少しでも、この、終わりがくるまでは元気にしていたいよね。包みをトントンと触る。……この星セドネにも、薬を飲ませてやれたらいいのに。みんな言わないけれど。貴方の事、分からないけれど。でも、私たちの為に踏ん張って、頑張ってくれているのは、分かっているよ。セドネ……貴方に住む、貴方の住民全員がね。エノは、伝達屋が来るのを待ちながら、霧の地平線を眺めた。